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魚棲める血洗ひの池梅雨滂沱
血洗ひの池に水漬きて七変化
道場の竹刀打ち合ふ音涼し
荒梅雨に降り込められて座禅堂
学習院厩舎の藁も梅雨湿り
黒鹿毛の目鼻なきかにさみだるる
白南風や羽毛とばして籠の鳥
窓の枇杷熟れて眠たき読書室
すれ違ふをとことをんな五月闇
いくさなき世に蔓を延べ花南瓜
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蕉庵は大川沿ひに萩若葉
面影をしのぶ桂の若葉かな
葉隠れの花を蝶かと山法師
どくだみを垣となしたる草の庵
姫卯木ここだこぼれて石の上
遊船のまたくぐりゆく清洲橋
よそ者のやうに素通り花水木
藩校でありし母校よ春の蝉
極楽の風を待つかに青芭蕉
浅酌のあとの筍ご飯かな
    枇杷を食むぽろりぽろりと種二つ  星野立子

   「俳諧歳時記」に、
   枇杷の果実をいふ。枇杷の花は冬季に開き果実は翌年の夏に至りて黄色に成熟す。形円きもの倒卵形のものもありて、外面に微毛あり、内に黒褐色の核を含む。生食して味甘く佳良なり。種類に依りて遅速あれど大抵六七月市場に上がる。田中枇杷、唐枇杷、白枇杷等の種類あり。枝は木太刀、琵琶等を作るに用ひられ、葉は二三の薬品を加えて枇杷葉湯を作り、夏の疫気を避くるに用ひらる。
  とある。
   ビワはバラ科の常緑中高木。中国の中・南部地方に原生する。また、日本では大分、山口、福井県などで野生がみられる。「日本三代実録」(九〇一)「本草和名」(九一八)など多くの文献にその名が記載され、古くから利用されていた。花は枝の先端にでき る円錐花序に密につき、晩秋から初冬に開花する。果実は房状につき、球形または倒卵形で綿毛に覆われ、初夏に黄色に熟す。
   長崎地方では天保・弘化年間(一八三〇~四八)から中国大陸中部のビワの種子を輸入、播種して、実生から大果の品種を選んでいた。大果品種の「茂木」はこうしたなかから、長崎県茂木町で選ばれたもので、果形は倒卵形、果重は五十グラム、甘く、品質優良で、九州や瀬戸内の暖地の主要品種となった。

   さて、枇杷の葉は薬効があると昔からいわれている。天明(一八七一~八九)のころに京都烏丸枇杷葉湯と称して大路を売り歩いた。幕末には、街の薬店で門に釜を出して、枇杷葉湯を飲ませたり、夏の暑い日は冷やしても飲ませていた。枇杷葉湯は利尿の効果があり、止渇薬になり、風呂の湯に入れて汗疹治しになった。
   漢方では清涼健胃薬といい、暑気あたりの予防といった。また、リュウマチで痛むときに、枇杷の葉のつるつる光っているほうを火であぶって、ぼうっと湯気が出るまであたためて、痛むところにあて布で巻いておく。一日に三、四回取り替えると二三日で痛みがとれる。ガンの人も痛むところに枇杷の葉を貼ると良いといわれる。

   枇杷熟れて寺領の鴉鳴きにけり  大堀 柊花

  枇杷(びは)本草和名(ほんぞうわみょう)播種(はしゅ)茂木(もぎ)
 花みづき川は疲れて芥溜む  角川 源義

   「ホトトギス新歳時記」に、
   北アメリカ原産の落葉小高木。高さ五~一〇メートルくらいで、葉より先に花びらのような四片の白、または淡紅の苞を四、五月ごろ開く。街や庭園を華やかに彩り、また秋には真紅の小さい実と、あでやかな紅葉で目を楽しませてくれる。明治四五年(一九一二)東京市長尾崎行雄が日本の桜を贈ったお返しとしてアメリカから贈られたもの。アメリカヤマボウシともいう。別に山野に自生する日本古来の「水木の花」も五、六月ごろ咲く。
  とある。
   花水木はミズキ科の落葉高木。花が同属のヤマボウシに似るので、アメリカヤマボウシともいう。アメリカヤマボウシとハナミズキの名を混ぜ合わせてアメリカハナミズキという場合があるが、アメリカの名を冠する呼称は適切ではない。
   日本への導入は、明治四五年、当時の東京市長がサクラの苗木をワシントン市に寄贈した返礼として、大正四年に贈られたのが初めである。現在も、東京の日比谷公園に原木が残っている。

   さて、随筆に「花みずき」(志村ふくみ)がある。
   嵯峨の奥の竹茂きところに小さな尼僧庵がある。ある年の五月すぎであったか、うららかな日の午後、そのあたりを散歩していると、柴垣のほそい露地奥のその尼僧庵から、黒衣のふたりの尼僧が、目にしみるような紅色の花みずきの枝をかかげてあらわれた。清潔な白い顔のふたりはまだ若く、何やらうれしげに談笑して、愛宕街道を下ってゆく。平家物語の絵巻でもみるようなーと私は目に焼きつけるようにして見送ったのをおぼえている。まだこの嵯峨へ越して間もない頃だったから、二十数年前のことである。それ以来、紅色の花みずきを庭の片隅に植えたいと願っていた。

   羅漢寺の塀を突き出て花みづき  大堀 柊花

  花水木(はなみづき)
ゆく春や魚影をちらと小名木川
若葦に水ゆっくりと流れゆき
潮入りの流れに浮かれゐて海月
潮入りの稚魚の大群夏近し
鞘当てのやうにふれ合ひ恋ボート
翡翠や使ふことなき水車小屋
逢ふたびに気やすくなりて手毬花
幼名を勢至丸とぞ馬酔木咲く
囀のいささか高き北の丸
心中は未遂でありし春の月
花烏賊の肌透きとほるほどの恋
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